ぽんぽこぽーんのおまじない(5)
夕食後、私は一階の渡り廊下前にある冴の自室を訪ねることにした。
擦り足抜き足忍び足…で部屋の前に着いた私は、すーはーと深呼吸した。
コンコンコン
ノックしたものの返事はない。私はそれを入室許可と受け取り扉をそっと引いた。
部屋の中央に置かれたアンティーク風のこげ茶のソファに腰掛けて本を読んでいる冴の横顔が写った。彼は目を合わせずに
「まだ何か用か?」
と問いかけた。
「用ってわけでもないけど、言いたいことがあって…」
彼はパタンと分厚い本を閉じ手前のテーブルに置いた。
「文句なら聞き飽きたぞ」
「いや、そういうことでもなくて」
私は言葉にしづらい感情をどう表そうか迷っていた。
「スッキリ感がなくて。あの場は上手くおさまったけど、また同じようなこと起きるかもしれへんし」
彼は黙って窓の外を見つめていた。小さな庭には丸い葉が特徴的な背の高い木が植えられてあり、桃色の可憐な花を咲かせていた。
冴とぽんこの過去には何かあったのだろうか。予見力を巡って対立していたのは聞いていたけれど、ぽんこの豪快な性格、いつもやられっぱなしだったらということからそれだけで恋心のような感情は芽生えるものなのか?
「おまえはぽんこじゃないな」
「え?」
私はどきりとした。突然何を言い出すかと思ったら、私がぽんこじゃないって…
「なんでそう思うん?」
「ここへ一人で来たことがその証拠だ」
「一人で来たこと??」
私は彼の言っている意味が全くわからず首を傾げた。
「たしかに、わたしはここの世界のぽんこじゃない。ぽんこって名前すら違うかも。今朝目覚めたらヘンテコなことになってて。もとの名前が思い出せへんからとりあえずぽんことして生きてるみたいな感じ。やから、本物のぽんこの過去のいきさつとかは全然知らんの」
「どっちにしろ掴みどころがないのは同じだな、まあいい」
冴は気落ちしたようだったが再び窓の外を眺めた。
「俺達が出会ったのは七年前。怪我をしたおまえ…ぽんこを手当てしたのがきっかけだった。治っても毎日のように世間話をしにここへやって来ていた。変わった奴だったな。
元々鹿萩の連中は相手にしていなかったが、あまりにもしつこく訪ねてくるものだから次第に会うことが日課のようになっていた」
彼は立ち上がって窓際へ寄った。
「特別何か思いを告げられたということもなければ深い関係もなかった。恋人同士というよりは傍からみれば兄妹のようなものだったかもしれない。それでもお互い充実した日々を過ごしていた。
ところが、四年前に俺の結婚が決まるとぽんこは「もう自分からは会いにいかないから」と笑顔のままそれきりこの家に来ることもなくなってしまった」
「ぽんこは冴のことが…?」
「心までは読めないが、ぽんこのとった行動からすればそうだったんだろう。あいつが去ってから、なんて張り合いのない生活なんだろうと…後悔した時には既に遅かった。それでも終わった話だと割り切ったつもりだったのが、再び従弟の婚約者として会うことになるとはな。当初はついつい過去を恨んだものだ」
彼はふっと笑った。恬淡と語る彼の表情はどこか悲しげで、やりきれない思いがひしひしと伝わってきた。
「和央はこのことを知らない。知らなくてもいい事実だからな」
「今もまだぽんこに気持ちがあるん?」
「ないと言えば嘘になるな。でも、恋愛感情とはまた別だ。痣が何よりの証拠だろう」
「あ…」
「好意があるなら効果のない術だ。ぽんこを好いていながらいざ再会してみれば憎悪の念が強かったということだ。それだけぽんこに執着していたということだろうな」
彼は何かを悟ったかのようにゆったりとした口調だった。
嫌悪していると発症する痣。好きと嫌いは紙一重。ぽんこが手の届く範疇にいたからこそ尚更その思いが強かったのだろう。
さっきの「今頃では遅かったか」という呟きは、今更自分の思いを伝えても意味がないということを言い表していたのか。
「それに…」
彼は一呼吸置いてから
「俺は和央のように無茶をしてまでおまえを護るなんてできないからな」
ぶっきらぼうに言い放ったが、その言葉にはかすかに愛情が感じられた。
「その言葉、本物が聞いたらどう思うかなあ」
「迷わず肯定するだろうな」
「わたしはここのぽんこじゃないから、本人がどう思っているのか全くわからんけど、あなたと過ごした日々は今は大事な思い出の一つとして残ってると思う。
引きずってたら次の恋愛ってできへんやろから。ぽんこは和央と出会って、恋してきっと彼女自身も強く逞しくなったんやろうね」
私は自分の過去の恋愛を思い出していた。
恋愛経験は豊富ではないものの、それなりに長く付き合っていた人もいたわけで、何かの拍子にふと「こんなこともあったなあ」と記憶が鮮明に蘇る時があった。
一緒に出かけた場所、一緒に盛り上がった話題に触れるたびに、自動的に脳内のアルバムの一ページが捲られるのだ。当時が不幸だったとは思わない。 その時の私にとっては精一杯の幸せを探し感じ取っていたのだろうし、人と付き合うことで自分の物の見方や考え方も改めることもできた。
でも、ただ、現在の恋人にしてみれば、過去の恋愛をあまり頻繁に思い出してもらっても気持ちのいいものではないよなあとも思う。
私が回想にふけっていると冴は
「ぽんこは元から逞しいからな」
優しく微笑んだ。私は彼に対する警戒心がすっかりなくなり、今は和やかな気持ちになりつつあった。
「今晩もう一泊していってもいいかな?独身最後の記念に」
「二階にもう一つ空き部屋がある」
「え?」
彼は扉に向かいドアノブに手をかけた。
「あんなとこで寝て風邪でもひいて喚き立てられたら困るからな」
遠まわしな言い方だったが、従弟を気遣う温かさがにじみ出ていた。
「ありがとう」
彼が部屋を出ていくのを見届けると隣の和室に和央を呼びに行った。
和央は腕組みをしながら机の周りをぐるぐるまわっていた。私に気付くと
「なんとかなったんだな」
と微笑んだ。
「あ、わかったん?」
「だって、ぽんこの顔だいぶ穏やかになってるもん」
「そう?」
「うん、こっちに馴染んできた気がするよ」
「馴染んできた…か」
私は複雑な心境だった。和央と距離を縮められるのは嬉しいことだったが、今後のことを思うと素直に喜べなかった。
「それにしても今日は疲れたなあ〜」
「あ、さっき冴が、私のいる部屋の隣も空いてるから使っていいよって。やから今日は一晩休もうよ」
「冴がそんなことを…」
彼は少し驚いたようだった。
「本当ならぽんこと一緒に寝たいんだけどなあ〜」
「人のお家でそれはアカンやろ」
おねだり口調で甘える和央を私はピシャリと叱った。彼は冗談冗談と口を開けて笑った。
「わかってるって。一緒に寝ても蹴飛ばされてベッドから落とされるのがオチだからな」
「そこまで寝相悪くないよ!」
「んまあ、ぽんこも一人でゆっくりしたいだろうしな。上へあがろうか」
和央は私の手を握って部屋へと向かった。
「じゃあ、おやすみ」
「うん、また明日」
私たちは部屋の前で別れた。

シャワーを浴び着替えて戻って来た私はベッドにころんと横になった。
これで冴との問題は無事に解決したわけだが、今度は元に戻る方法を探さないといけない。ぐっーと伸びをした時、コンコンコンとドアを三回叩く音がした。
「はい?」
こんな律義にノックする人なんていたかなと思い扉を開けると、にこやかな表情のリンちゃんが立っていた。
「リンちゃん!」
「急にごめんね。中庭にいた美高さんに声かけたら入れてくれたんだ」
「ううん、謝るのはわたしのほうやよ。置いてけぼりにしてしまって…」
私は彼を部屋の中に入れた。ミニテーブルを前に向かい合って座った。
「昨日は無事に帰れた?」
「うん。外套が少なくて暗かったけどなんとか家に辿りついたよ」
「そうか、よかった…」
私はほっと胸をなでおろした。
「名前は思い出せたの?」
「まだあれから他の人にも会ってないからねえ。でも、一つ問題解決したから少しずつ進めてこうかなって思ってるとこ」
「ぽんちゃんは前向きなんだね」
「後ろ向きになってても仕方ないもん。何事も前向きに考えることはリンちゃんが教えてくれたことやよ。落ち込んでる時とか随分励ましてもろたから…って、ここのリンちゃんはわたしの知ってるリンちゃんとは違うんやんね」
ごめんねと謝るとリンちゃんは
「そんなことないよ。そうやって素直に受け止められるぽんちゃんのこと、すごいなって思うよ」
「あ、ありがと」
「ほんと、彼氏さんが羨ましいくらい…」
「え?」
リンちゃんはふと真面目な顔つきになると、ドン!とミニテーブルを脇にのけ、正座していた私を押し倒した。
「わっ!」
「ぽんちゃん、好きだ!」
彼は私の両手首をがしっと掴み覆いかぶさった。
「リンちゃん、ど、どうしたん!?」
「もう我慢できなくて…」
彼は体を震わせながら鼻頭が触れるくらいまで顔を近づけた。足を曲げたまま倒された上、手首を押さえつけられた私は身動きが取れなかった。
彼の唇が微かに私の首筋の感触を探るかのようになぞった。 「ムフ、ムフフ…」と小鼻をひくひくさせている彼は獲物を捕えた肉食獣のように瞳をぎらぎらと光らせていた。
私は身の毛がよだった。いつもは恋人と密着できることが嬉しいのに今は恐怖に似た感情しかわいてこなかった。
(た、たすけて…!)
「和…」
叫ぼうとした瞬間、扉がバタン!と開いた。
「何やってるんだ!?」
和央が血相を変えて部屋に飛び込んできた。リンちゃんは私の手首を放すとゆっくりと体を起こした。
「おまえはぽんこの幼馴染だろ?なんでこんなマネを?」
「ぽんちゃんは昨日、僕だけしかいないのに!って言ってくれたんだよ」
リンちゃんは臆せずにこりと笑った。
「そうなのか?ぽんこ?」
和央は潤んだ瞳で私を見つめた。私は嘘はつけなかった。
「…うん。あ、でも…」
「そっか…そうだよな。ぽんこはぽんこでも、ここのぽんこじゃなかったんだよな。おれ、すっかりその気になってて。なんか悪かったな。じゃ…」
彼は今にも泣き出しそうな顔で言うとそのまま部屋から出て行った。私は引き留めようとしたが声が出てこなかった。
「邪魔者もいなくなったし、続きを…」
リンちゃんが再び身を寄せようとすると私は思いっきり右足を上げた。
「いってぇ〜!」
急所に直撃したようで彼は仰向けに倒れ込んだ。
「ゴメンねっ!」
私は手を合わせるとそそくさと部屋を出た。

階段を下りて玄関、キッチン、リビング、和室、書斎、庭を一通りぐるりと見て回ったが、和央の姿はどこにも見当たらなかった。仕方なくキッチンテーブルの椅子に座った。
ばかばかばかばか〜っ!わたしのばかやろう〜!なんてひどいことしてしもたんやろ。私は泣き叫びたいのをこらえていると
「ぽんちゃ〜ん!」
リンちゃんの呼ぶ声が聞こえた。
(まずい!)
どうしようと頭を抱えうろたえていると、流し台の隣に分別ダストボックスが目に入った。
これなら!私はすっと目を閉じダストボックスと壁の間にしゃがみこんだ。
ぽんぽこぽーん。
「ぽんちゃーん!どこにいるのー?」
小声で私を探しまわるリンちゃんの足音がだんだん近くなる。私は目をつぶりじっとしていた。しばらく付近を歩きまわる足音が聞こえていたがやがて、
「今夜は帰るよー」
と足音が遠ざかっていった。
約五分後、そろそろ大丈夫かなと思い立ちあがった。人のいる気配はなくリンちゃんは本当に帰って行ったのだとわかった。
私はしょんぼりしたまま中庭へ向かった。
天気はすっかり晴れて丸いお月さまが庭園を明るく照らしていた。私は扉を開けて縁側に腰かけた。秋の夜風は少しひんやりして小寒かった。
はあ…どうしたらいいんやろ。ため息をつくと庭の奥の方からガサガサ…と音が聞こえた。
(誰?曲者!?)
私は体を強張らせていると、美高が植木のツツジから顔を出した。
「そんなとこに隠れてたん?」
「パトロール中でして…それより姫様、おひとりで外に出られては危のうございます」
「外って庭やよ」
私の小さなツッコミは聞こえなかったらしく、左右をゆっくり見渡した。
「和央殿は?」
「さっきちょっといざこざがあって…出ていってしまったん。助けてくれたのに」
私は俯いた。美高は私の斜め前までやってくると片膝立ちをした。
「お顔色が随分よくないようですね…どうかなさいましたか?」
自分の心の中では消化できず正直な気持ちを彼に話した。
「わたし、自分がぽんこじゃないって思うばかりで、他の人の気持ちなんかわかってなかったんやなあって。和央はあんなにわたしに親切にしてくれてたのに、それを受け入れるのが怖くて、そんなことしたらアカンのやって思って」
涙腺がゆるみそうになるのをぐっと我慢した。私の心ない言動で傷ついた和央のほうがもっと悲しいはずなのに軽々しく泣くなんてできなかった。
「相手の気持ちの全てをわかることなどできません。時に傷つけたりしてしまうこともあります。でも、だからこそ相手のことを思いやり、喜ばせたい、笑顔にしたいという気持ちがわいてくるのではないでしょうか」
美高の眼差しはいつになくキリリとして澄んでいた。
「今までの御自分を無理に変える必要などないのです。あなた様らしく在れば自然と笑顔になりその笑顔で周りの人々も幸せになれるのですよ」
「本物のぽんこじゃないのに…?」
「私にとっては、あなた様もあなた様のおっしゃる姫様も同じぽんこ様ですよ。和央殿もきっと同じ思いです。ご自分の素直な気持ちを伝えれば、和央殿もきっとわかってくださいます」
「そうしたいけど、和央戻ってきてくれるのかな…」
「大切な姫様を置き去りにして逃げるような男ではありませんよ!」
「そう、やね…」
またじわっと出かけた涙を手で拭った。
「泣きたい時は泣けばよいのです!辛い、苦しい、もどかしい…時として言葉にはできない思いがある時、そんなどうしようもない感情をスッキリさせるために人は泣くのです。思い切り泣き終わった後、姫様が笑顔になってくださるなら私はいつまでも傍でお待ちしております」
「美高みたいには泣けへんけど…」
私は泣きながら笑っていた。美高は大きく頷いて穏やかに笑んだ。
この短期間でも数々の失態をしでかしているうっかり屋の彼が、とても心強い存在に思えた。ぽんこは、根が優しく誠実な人柄に信頼を置いていたのかもしれない。
「ありがとう」
「お礼には及びません。姫様が元気になってくだされば何よりです」
私は背筋を伸ばし顔をぐっと上げた。
突然恋人が記憶喪失になったも同然の状態。きっと和央も戸惑ったことだろう。
それでも彼は私を信じてくれていた。 私を不安にさせないようにいつだって心休まる笑顔で接してくれていた。顔がそっくりだからとか性格が似てるからだとかじゃなくて、和央は「わたし」という人間自体を丸ごと愛してくれたのだと思う。
私は今までの境遇を気にしすぎて自分の気持ちに向き合えていなかったが、一途な和央を好きになっていたのだ。その気持ちは「ぽんこ」としてなのか「わたし」としてなのかは未だ区別がつかなかった。けれども、彼と一緒にいたいという想いは真実だった。

くよくよしている時間はない。気持ちを切り替えて前向きに行かないと!
こんなところでくよくよしている時間はない。気持ちを切り替えて前向きに行かないと!
気分一新した私は美高に深々と頭を下げた。恐縮したのか美高はピシッと「気をつけ」になり、
「そんな!私ごときに頭を下げる必要はないのですよ!」
私以上に頭を深く下げた。そうして
「おやすみなさいませ姫様!」
と前屈姿勢のまま挨拶をしてくれたものだから、あまりの滑稽さに私の弱気な心も吹き飛んでしまった。

昨晩は久しぶりに熟睡出来た。一昨日着ていた着物に着替えると早々に朝食を済ませて帰る支度をしていた。
隣部屋をのぞいてみたが和央は戻ってこなかったようだった。思わず沈みそうな気持ちをパンパンと両手で叩き気を引き締め、布団を畳んだり、テーブルの上の筆記具などを片付けていた。
コンコンコンというノック音がした。
「リンちゃん…」
扉を開けた私は昨晩のことが思い出されて戸惑った。
「昨日はびっくりさせてごめん」
彼もそれを察してか視線を落とした。
「ああ、ううん。いいよ…」
私は気にしないフリをしながら、テーブルに置いていた温泉犬の四コマ漫画が描かれたノートの一ページをカバンに入れようとしていた。
「新しい絵可愛いね」
リンちゃんが突然私に顔を近づけた。驚きが顔に表われないよう平常心を保った。
彼は、 温泉犬が白いふわふわの花を発見して食べ物と間違えるというストーリーの四コマのうち二コマ目まで描いたものに見入っていた。
「このコは食欲旺盛やから、何でも食べられるって思ってるんよ」
「へえ〜食べちゃったら大変だね〜続き楽しみにしてるよ。メロンパン犬また描いてね」
「あ…うん」
「どうしたの?」
「なんでもないよ」
彼は私の目をじっと見つめた。
「……え?」
「昨日からぽんちゃんおかしいけど…」
「わたし、きっとここの住人じゃないから」
何だろうこの違和感。好きな人が傍にいるというのに緊張して落ち着かない。私は早くこの場を去りたいという念に駆られ始め、絵をカバンにしまいドアの方に方向転換しようとした時、リンちゃんが後ろから私を抱きすくめた。
「今までのことは忘れてずっとここにいたらいいんだよ」
リンちゃんの温もりが服を通して伝わってきた。けれども、その温もりはまるでワザと似せたかのようなあたたかみのないものだった。
「違う…」
私は彼の腕を体から放した。
「リンちゃんはこんな人じゃない…」
彼の顔が一瞬強張ったかと思いきや、すぐに元の笑顔に戻った。
「何を言ってるの?僕は鈴喜だよ。ぽんちゃんもそう言ってたじゃないか」
「うん。見た目も話し方も一緒…ううん、似てるけど心が違うよ。リンちゃんは優しいけど、甘いことは絶対言わん人やもん!」
「それはぽんちゃんが不安そうだったから…」
彼は笑顔をひきつらせていた。私はカバンからさっきの温泉犬の絵を取り出した。
「リンちゃん。このコの名前は?」
「メロンパン犬だろ?メロンパン大好きな犬」
迷わず答えた彼に私の疑念は確信に変わった。
「違うよ。メロンパンは好きやけどこのコは温泉犬や。リンちゃん今まで一度も間違えたことなかったんやよ」
「……」
「あなたは誰?」
私の問いに彼は無言になったかと思うや否や、フフッと笑った。
「はははは…君の言う通り僕は鈴喜じゃない」
「!」
私は危険を感じさっと後ろに下がった。
「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ」
自信に満ちた笑顔に言われぬ危険を感じた私は急いでカバンを肩にかけ、部屋を出て中庭に向かった。