夏のコイ
祖父母の家の池に住んでいる鯉たち。
曾祖母が池に放した何十匹もの鯉は今ではたったの4匹だけに。 年々その数は減っているらしく、私が小さいときはあと2,3匹いた覚えがある。
だから、4匹の住まう豪邸ならぬ豪池は普段はひっそり閑としている。
そこで、最近彼らに名前をつけてみた。

大将ごん助は、金と黒のうろこが眩いので一目瞭然。ゆったりと泳ぎ、おそらく一番人なつっこい。
いや、岩場の藻を食べに、よく表に現れるだけかしらね。
次いで出現率が高いのは、茂吉。頭に黒ハゲのある彼は好奇心旺盛。大将にくっついてよく泳いできます。
茂吉と彼と区別しがたいのがチャッピイ。橙ハゲの彼は孤独を愛する傾向。1匹でフラーッと出てくることが多い。

そして、最も姿を見せない恥ずかしがりやは、ハモ。4匹の中で一番体が小さいハモ。鯉なのにハモかよ、と突っ込みたくなるだろう。
命名はうちの母である。前3匹は決まっていたのに、残り1匹を考えていたところ、そこにちょうど母がいたので母に頼んでみた。はじめは「ニモ」という案が出たのだが、パクリは嫌なので却下すると、「じゃあ、ハモや」と言ったので、これならまあいいかと思い決定された。
つまるところ、適当なんですな。どれにしろ、直感で決めているので似たようなものである。
さて、このハモは3匹が一緒じゃないと表に出てこない。出てきても、長居することなく、すぐに池の真ん中に架かっている石橋の下を通って帰っていってしまう。
人慣れしてないのかなと当初思ったのだが、実は単なる面倒くさがりやなのでは…と近頃思い始めた。
というのも、裏は川からの冷たい水が注いでいて、夏は気持ちいいからいつもそこに居座り続けているだけじゃなかろうかとニラんだためだ。わりとズブとい奴かもしれない。

〜氷袋の巻〜
生鮮食品が入ったスーパー袋に氷袋を入れて持ってきた。
祖母の家に着くと、母が「ほったって」と私に言ったので、「池にほってきてもいい?」と尋ねた。さりげなくシカトされたにもかかわらず、私は池に直行した。
池を見渡すと、鯉が1匹もいなかった。ささっと袋をあけると、ボトボト…と氷が池に落ちるとともに茂吉を筆頭に鯉たちが私の方へやってきた。
多分、このとき彼らは、私がエサをまいていると勘違いしてかぎつけてきたのだろう。
その誤解は私が氷袋の氷を全て捨て終えたときに気づいたようだった。
私たちの間には何秒かの沈黙があった。言葉で表現するなら「あ……」、類似体験で表現するなら、”500円のTシャツをあさっているときに、隣にいた赤の他人と同じものをとってしまった瞬間”が順当だろう。
その間の後、茂吉が後ろにいたごん助にクルッと振り返り、「エサじゃなかったみたいですぜ」と告げると、ごん助は無言で頷き、踵を返していった。
だいぶ耳ざとくなったなあと、私はしばし池の主らに感心していた。

〜ちくわの巻〜
夕飯のおかずは何にしようかと、母が冷蔵庫の中から材料を取り出した中には賞味期限切れのちくわがあった。ちなみに約1週間切れていた。
そのとき私は新聞を読みながらまったり休んでいたので、ちくわの処遇がどうなったか全く気にも留めなかった。しかし、夕飯を食べるときになって急に思い出し、「ちくわどうしたん?」と母に尋ねると、母はさらりと「捨てたよ」とのたまった。
更に「鯉にやった」と付け加えた。
その瞬間、私の頭の中にちくわをまるごとほお張る鯉の姿が映し出された。
もちろん、ちぎって与えなければ窒息死しただろうが、つくづく雑食性な奴らや…と思わずにはいられなかった。
味噌汁を食う(飲む?)くらいだから、ちくわなんぞ屁でもないのだろうか。
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