小さな嘆き
僕は何か悪いことをしているのでしょうか

彼らは僕を見るといつも血相を変え
あるいは
恐怖に怯え懲らしめてきます

僕はただ習慣に従って来ているだけなのに
彼らは絶対に許してはくれません

他の同胞たちはわりと温かい目で見られているのに
僕たちはなぜこんなにも彼らに嫌悪されるのでしょうか

「不衛生」
「不気味」

そんな言葉を耳にしたことがあります
確かに外からやってくる僕たちはその通りかもしれない

でも
彼らはいつも「清潔」なのですか
空気中にも体内にも小さな黴菌だっています
それらと共存しているのが人間なのでしょう?

僕達だってできれば彼らに近づきたくない

けれど
そうしなければ生き延びることができないのです
彼らにとって僕たちは虫ケラ以下の存在にしか映らないのでしょうが
命がけでここまで来ているのです

到達した瞬間
つぶされた者もいます
流されてしまった者もいます

影で見ながら僕はいつも思うのです
どうして彼らは簡単に僕たちを殺せるのだろうか、と

「彼ら」と「わたしたち」
あなたの言うことは間違っていません
わたしもここであなたの同胞が力尽きていくのを幾度も目にしてきました

彼らがあなた方を許さない理由は生活観のせいだと思います
あなた方が「害虫」であることが固定観念として根付いてしまっているのです
そしてそれらは駆除すべきものだと当然のごとく日常化してしまっているのです

彼らは彼らに害をなすものでないものには寛容だけれど
その反対の場合には容赦がないのです

わたしにはあなたの悲しみがわかるような気がします

わたしたちは
彼らのために食べられるために
生きているのではありません。

彼らは「恵み」などと着飾った言葉で感謝の意を表しておられますが
実際にはこれは明らかな剥奪です

彼らが生きていくためにはわたしたちが必要です
そのことに心から感謝をしてくださるなら
わたしたちはこの先も彼らに「恵み」を与え続けることでしょう

わたしもあと数ヶ月か数日…
もしかしたら明日までの命かもしれません
期間がどれほどであっても
わたしはここから逃げることも抵抗することもできません

しかしあなたには自由に動く手足がある
彼らの手から逃れられる術があるのです

だから悲観的にならないで
わたしがここにいることができる限り
いつでも相談相手になりますから
生きられる力
私はさっきヤツを殺した。
まだ寒気がする。

風呂場に現れたヤツを見かけた途端、
台所においてあった殺虫剤を取ってきて噴射した。
室内が煙るほどに何度も何度も噴射(攻撃)した。
次第に弱っていくのがわかっていても、
完全に静止するまで手を止めなかった。

それでもヤツはまだ仰向けのまま手足をヒクヒクさせていた。
私は新聞紙に乗せて袋に入れてゴミ箱にそれを捨てた。

そのあと手を合わせた。
「ごめんなさい…」
私は心の中でつぶやいた。

本当は殺したくなかった。
ヤツらも人間に復讐するために生まれたのではない。
もとから嫌われる存在として生まれてきたのではない。

私たちがヤツらやその他の生物のことを考えずに生活してきたから、
追いやられてしまっているだけなのだ。

私はヤツを殺した後いたたまれなくなった。
恐ろしかった。
自分勝手な都合でこんなにも私達は残酷になれることが。
小さき命を容易に奪ってしまえることが。

ふと、
台所の蛇口の傍に置いてあったネギの生えた瓶を見上げた。
彼の命をも私は少しずつもらっているのだ…

こうやって、
他の生物の命を犠牲にしてまで私は生かされている。
私はもう一度彼らに云った。

「ごめんなさい…ありがとう」
先に逝ってしまったあなたに
わたしは今日のあなたの様子をずっと眺めていました
あなたがこの世からいなくなってしまいとても残念です

あなたはきっと
先日わたしにお尋ねになった疑問を抱えたまま
お亡くなりになっていったのでしょう
怒りと悲しみを秘めたまま…

確かに人間は身勝手ですし
彼ら一人では到底生きることはません

でも聞いてください

彼らはいつでも傲慢であるとも限らないのです
止むを得ず命を奪ってしまったことに対し深く詫びる者だっているのです
自分たちがいかに他の生物に依存しているか自覚しはじめた者だっているのです

わたしは今はただ
そのような志を持つ者が一人でも多くなればよいと願うばかりなのです

たとえわたしたちが同じ最期を遂げるとしても
感謝と反省の念が込められていれば
わたしはわずかばかりでも救われるような気がします。

脆くも捨て置けない存在である人間(彼ら)を
支えることのできる糧として…
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