歯ブラシ
歯磨きをしようと思って、ばーちゃんに歯ブラシの消息を尋ねたところ、歯ブラシ立てにすでに立ててあった。しかし、見ると歯ブラシのブラシ上部が煤のようなものがついて黒くなっていた。
他のものであったら洗って使おうかなという気になったが、口に入れるものなので、新しいのにかえてもらうことにした。
新しいのといっても、98%がホテルでもらってきたものばかりである。
経費節約の知恵!と称賛したのもつかの間。歯ブラシ立てに目をやると、市販の磨きよさげな歯ブラシがしっかり2本立っていた。
私は、これって新手のいじめ?…と思いながらも、この時内心がっかりしていた。
煤で汚れてしまっていた歯ブラシは、去年の冬に家からわざわざ持って来たもの、つまりマイ歯ブラシだったのだ。近頃はお値打ちでなかなか磨きやすい生協のを使っていたので、奮発してそれを持ってきた、にも関わらず、使用2回目で私の歯ブラシだけこの仕打ちである。やぐい(壊れやすいとショボいのニュアンス)ホテル歯ブラシから逃れられると嬉々としていたのに、これでは全く本当に全く甲斐がなかった。

だいたい、こういう大量生産歯ブラシはブラシ部分が異常に長くてかつ柔らかすぎて、つっこみすぎると気持ち悪くなるので好きではなかった。
ブラシ部分はスリムでないといけない。奥歯の奥まで届いて磨き心地がよくなければ、時間と労力を無駄にしてしまうからである。
私は寝る前の歯磨きだけには時間をかける。その間、洗面台を占領しているので、母に「それよりも洗顔に時間かけな」と窘められることもよくあった。けれども、歯がざらざらしていると眠れない程気になる性分である。なので、鏡とにらめっこをし、歯並び悪う〜と現実を切実に受け止めつつ、シャコシャコしているのである。
それになんたって歯科待合室恐怖症者にとって、歯磨きは”人生に欠かしてはならない習慣”の上位を占めているからでもある。

そうはいっても、この時はホテル歯ブラシ軍団しかなかったので贅沢をいっているヒマはなかった。私はそれらの中でも、ばーちゃんの勧める赤色の歯ブラシを使ってみることにした。袋を見ると”耳かきつき”と書かれていた。
歯ブラシに耳かきなるものをつけるもんなんかーと疑問と感心の念に抱かれたが、画期的そうな歯ブラシにドキドキしながら、開けてみるとびっくり仰天。

歯ブラシの柄の部分に見事に耳かきが内蔵されていた。組立おもちゃのプラスチックのパーツが枠にくっついているようにうまくセットされていた。
磨いている中、この耳かきを使いながら歯磨きをする器用な人、あるいは無謀な人もおるんやろうなあと想像していた。そうして、予想外の磨きよさに感動していた。
しかし、耳かきで掻けない耳垢の人は、付いていてもそうでなくてもどうでもいいことなんやろうなあと同時に悟った。

こうして、すぐにブラシがバサバサになった耳かきつき歯ブラシは、普通の歯ブラシと同じように名残を惜しまれることもなくゴミ箱行きとなってしまったのだった。
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